花は見るもの?摘むもの?

2006年11月6日 20時34分 | カテゴリー: 子ども, 活動報告・日誌

幼い頃に、花を摘んで遊んだことがありますか?

 私の小さな頃は、近くにある都立農林高校(今年から「青梅総合高校」)の校庭に入り込んでは、シロツメクサの首飾りを作ったりしていました。校庭の端っこが(といってもかなり広い)春になると、クローバーが一面に生えていて、シロツメクサやたんぽぽもたくさん咲いていました。
 よく近所の子達で、あそびに行きました。
 また、今から思えばよそのお宅の庭や畑に植えてあったものなのか、オシロイバナの実を採って、中のしろい粉で遊んだり・・・

                         ↑福生駅前の花壇です 
 
 30ウン年前でも、空き地は意外と少なく、自由にボール遊びをする場所もなく、路地で、野球をやったりしていました。(ソフトテニスボールやゴムボールでやるので、よそのうちのガラスを割った経験はありません)

 「交通安全のおじさん」というこわ〜いおじさんが夕方自動車で帰ってくると必ず「こんなところであそぶんじゃなーい!!」と怒られましたが、懲りずに毎日道路で遊んでいました。

 路地という路地全てを使って、近所の子どもたち総出で、二つのチームに分かれ、縦横無尽に走り回って、敵陣を陥落させる遊びに興じたり。「戦争ごっこ」と名づけられたこの遊びは、妙に盛り上がっていました。今から思うとけしてネーミング的に「いい遊び」とは言えないけど。
 でも、「いい遊び」って何だろう?とも思うし・・・。まあ「缶けり」の大掛かりなやつですかね。そんな遊びもありました。

 まだ、学校もおおらか、地域もおおらかで、たまに怒られても、まあ今ほど車の往来も多くないし、住宅街で空き地や公園がなくても、高校や道路で充分遊んでいられました。

 そう言えば、子どものころよく友達と話していたのは、「危ないばかり言わないで、ボール遊びができる公園を作ってよねおとなは!」なんて話していたのを覚えています。進歩がないなあ私自身も。そして、子どもの意見をきかないおとなたち。今も子ども達の悩みは変わってないみたいですよ。

 その時代と違っているのは、以前は、まだ寛容な地域社会の中で、ある程度のびのびと自然と戯れたり、からだを思いっきり使って遊んだりできましたが、今の子ども達は、一部ではからだの機能が衰えているとの調査報告が発表されるくらい、遊びが変わってきているようです。

 冒頭の花は、福生の駅前の花壇を先日撮ったものです。とてもキレイに咲いていて、こうゆう場所はもちろん、見て楽しむためにあると思いますが、じゃあ、子ども達が花を摘んで遊べる場所は、いったいどのくらいあるのでしょうか?
 「採っちゃダメ」といわれるばかりでは、花に親しみや興味は湧いてこないのではないでしょうか?

 子どもは、作ることも好きだけど、壊すこともだーい好きですよね。
 自由にからだを使ったり、作ったり壊したりできる場所は、いまやおとなが意識的に作り出さないと、何をやってもいい場所なんて、存在しなくなってしまいました。それは、私たちおとなの選択でつくってきたまちづくりの結果です。
 
 おとなの責任として、子どもの意見を取り入れた居場所づくりをしていく必要があるのではないでしょうか。